2014年3月16日日曜日

トルク型のエンジンなんて無い

やっぱり実用エンジンはパワーじゃなくてトルクだね。なんていってる人、要注意です。

トルクと出力(馬力)の理解を深めると、エンジンがより良く分かります。
カタログを読んで得られることも増えます。

今回はトルクと出力の関係を出来る限り簡潔かつ正しく解説したいと思います。


まず、トルクと出力には絶対的な関係があります。それが以下のような式です。


出力 = 2π × 回転数 × トルク


です。

読まなくてもいい注釈
(この式はSI単位系に基づいた式です。psなどの工業単位系では少し違う式ですが、そんなことはどうでもいいので気にしないで大丈夫です。)

細かい事は気にせず、この式が意味することをもっと簡単に表してみるとこうなります。


出力 = トルク × 回転数


です。大体こういう関係なんだなと覚えておけば問題ありません。

例としてこんなエンジンを用意してみました。
全ての回転域で同じトルクが出るエンジンです。


トルク × 回転数 で出力なので、回転数が高ければ高いほど出力も上がります。

実際のエンジンではこのようなトルク特性を出すことは現実的ではありません。電子制御の場合を除き、トルクカーブ(赤い線)は山形を描き、ピークトルク点がどこかに存在することになります。

トルクカーブの山を高回転側か低回転側、どちらに持ってくるかによってエンジン特性が決まります。そして、トルクカーブが決まれば、出力は先の式によって自動的に決まります。

つまり、トルクカーブが提示されていれば出力は誰でも算出できます。
どこにトルクを振るかという作業の結果が出力なのです。

次に、トルクカーブをどちらかに振った場合を見ていきましょう。
まずは高回転にトルクを振った場合です。


これは比較的分かりやすいのではないでしょうか。
高い数値に高い数値を掛ければ、すごく高い数値が出ます。
従って、図のように最大出力はとても大きな値を示します。


ではトルクを低回転側に振った場合はどうでしょうか。

トルクを振った低回転側の出力が大きく上昇……していません。確かにトルクは高いのですが、回転数が低いのでそこまで大きな出力は得られないのです。高回転側も、折角回転数が高いのにトルクが低いので出力も控えめです。

以上のように、どうせ同じトルクなら高回転で出したほうが高い出力を得られます。

であれば、エンジンは高回転型が正義かと言うとそうでもありません。理由はお察しのとおり、使わないからです。F1のようにビュンビュン回してコンビニに突っ込んだら大変なことになります。

一方スポーツカーであれば高回転にトルクを振ることになります。サーキットなら出力は高いに越したことはないからです。ところが街乗りもするでしょうから、低回転側もそれなりにトルクを厚くするという離れ業を今日のエンジニアはやってのけます。

読まなくてもいい注釈
昔のエンジンで特に尖った物は、低回転側にイエローゾーンが設定され実用上支障をきたすようなものでした。3500rpm以下はガクガクで使い物にならなかったそうです。スズキ・フロンテSSですね。すばらしい車です。


と言うわけで、上図2つの出力だけを重ねてみました。


それぞれが求めている領域の出力に、マッチしていると思います。

ただし細かい話をすればエンジン特性の設定はこんな簡単な話ではありません。
例えば街乗りで使う領域の中でも、更に細かく「どうトルクを振るか」微調整が続きますし、同じトルクでもすぐに出るかどうか(いわゆるレスポンス)によっても運転のしやすさは雲泥の差です。サーキットの領域となれば更に繊細です。


いずれにしろ、「パワーは無いがトルクがあるので加速が良い」なんて言葉は意味不明だと理解していただけたと思います。


もっとも、誤解が始まった理由は別にあります。
私は誤解の原因を「正しく理解した人同士が省略して話していたのを、理解の無い人が文面どおり受け取ってしまった」のではないかと推測しています。

新しい知識を手に入れると分かった風にひけらかしたくなるのが人間と言うものです。
それをあまりにも攻撃的に非難するのもひどい話ですが、誤解したまま話すのも恥ずかしいですね。

2014年3月2日日曜日

論文を読もう

車好きに限らず、さまざまな趣味でお互いの主張がぶつかることってよくあると思います。

しかし車好きのぶつかり合いは特に酷い気がしてなりません。なぜだろうと考えてみたのですが、どうやら双方共に正しい知識を得ていないことが原因のようです。

今回は、「正しい知識とは何か」「どうやって得るのか」について書いてみました。

正しい知識とは何か

何をもって正しい知識とするかですが、機械であれば科学的に実証された事が正といえるでしょう。科学的に実証とは、仮説から始まり、実験、検証、再現という手順を踏んで誰がやっても同じ結果が出る自然の摂理だと証明された状態です。

これらには大変なお金が掛かります。そこらの整備工場の「シャシダイで検証しましたー」とはレベルが違います。あらゆるセンサーを使用し物凄く厳密にイコールコンディションで測定されます。

従って我々素人がいくら口上を垂れ、実際に加速がよくなったんだと主張したところでそれはなんの証明にもなっていないことを知らなければなりません。

しっかりと検証された技術は、我々が触れられるような既存の物の場合、論文として明確に文書化してあります。また更に古い仕組みの場合は書籍としてまとめられているでしょう。

このように、正しい知識と言うのは莫大な労力と費用と時間を費やして研究者たちが必死に解き明かしてきたものです。それらを雑誌一冊やネット検索で得られると考えるところに過ちの一端が垣間見られます。


どうやって得るのか

もっとも確実なのはベテランの開発者に聞くことですが、それは非現実的です。やはり基本は論文と書籍です。

論文はすこし見つけづらいかもしれませんが、あるところにはあります。ネットでも上手に検索するとPDFで閲覧できるものが出てきます。

書籍を選ぶ際は、カーグラフィックやモータファンではだめです。雑誌は紙面の都合や可読性を重視して内容が編纂されてしまっています。また書いているのがエンジニアではなくライターであることも信用を落としています。

出来れば学術書、或いはそれに準じたものでも著者をしっかりと選べば信頼できる知識が得られるはずです。著者がどんな環境でどんな研究開発を行っていたのかをみて書籍を選びます。有名な完成車メーカーで自動車エンジン開発をしていれば信用できますが、例えばずっとサービス(メカニック)でやってきたという経歴であれば、整備に関しては信頼できますが技術に関しては信頼すべきではありません。

これらの資料は用語も難解で読むだけでも大変です。未知の事を学ぼうというのですから当たり前です。

そこまでする必要はあるのか

ありません。

趣味なのだから楽しくやりたい。小難しいことを抜きにしよう。と言う意見には大いに賛成です。上述した苦労は研究者の仕事であって趣味として嗜む人間の仕事ではありません。

ただし、得られる知識もそれ以上にはならないことを肝に銘じておくべきです。
自分の知識は誤っていたり表面的であったりすることを自覚し、より高次の知識に触れた際にそれを真摯に受け止めることが出来ないのであれば、やはり口を慎むべきです。